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ダイアナ元妃には13という数字がつきまとっていた!悲劇の事故と最期の言葉!

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もりもりです。

1997年8月31日、ダイアナ元妃の乗った乗用車が、トンネル内で事故を起こして、コンクリート柱に衝突した。

誰もが驚き、真相を知りたがった謎多き事故である。

彼女には常に、不吉な13の数字が付きまとっていたのであった。

(出典元:科学では解明できない奇妙な話より)

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事故現場に隠された13の怪

「英国の薔薇(ばら)」と言われ、世界中の人々から愛され、常にマスコミからも話題の中心となったダイアナ元皇太子妃。

しかしその彼女も、1997年8月31日に突然の不慮(ふりょ)の事故で亡くなってしまい、世界中に衝撃を与えたのをまだ皆さんは覚えているだろう。

このダイアナ元妃の悲劇の事件については、いまだにその真相が謎に包まれている。

そしてこの悲劇の事件の裏に、〝不吉な13という数字〟という数字がつきまとっていることを、あなたはご存知だろうか。

それはまず、彼女の命を奪った事故現場から始まる。

ダイアナ元妃の乗った乗用車は、パリ・セーヌ川右岸の自動車専用道路のトンネル内で事故を起こして、コンクリート柱に衝突した。

その後乗用車は、衝突後にトンネル側壁にたたきつけられて、そのトンネル内を転がりながら大破したが、なんとその衝突したコンクリート柱は、トンネルの入り口から数えて13番目の柱だった。

また、このときに13番目の柱に激突して、大端し、つぶれた乗用車の床に「婚約指輪」が転がっていた。

この指輪は、エメラルドのまわりをダイアモンドでふちどったというじつに豪華な品だ。

これは大富豪のアルファイド氏が、愛するダイアナ元妃のために買った品で、その値段は13万ポンド(約2400万円)。

つまりここでも、不吉な13という数字が関係しているのだ。

さてこの悲劇の事故で亡くなったダイアナ元妃の葬儀は、9月6日にウェストミンスター寺院で行われた。

その葬儀ではイギリスのブレア首相が、聖書の一節を引用した朗読を行った。

それは「コリント人への第一の手紙」と呼ばれる部分であり、慈悲の心が最も崇高な愛であると説かれている部分だった。

この章は驚いたことに、新約聖書の第13章第13節。

またしてもここに、不吉な13と言う数字が関係していたのだ。

このようにどういうわけか、不吉な「13」と言う数字に翻弄されたダイアナ元妃だったが、当然ながらイギリスの王室でも、この13と言う数字は大変に忌み嫌われている数字のようだ。

なにしろ聞いたところでは、エリザベス女王の妹のマーガレット王女が誕生したときに、役所の出生届の帳簿の記載欄が13番目になってしまうということで、ほかの人が記載するのを待って、わざわざ4日後に14番目の欄に記載したという。

このように、イギリス王室にとって不吉な13という数字が、ダイアナ元妃の悲劇に関連していたとは、驚くべき偶然の一致だった。

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同じ運命をたどった女性

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ところで、このダイアナ元妃の悲劇に関しては、ほかです。つに不思議で興味深いエピソードがある。

それはダイアナ元妃のそっくりさんにまつわる話である。

このダイアナ元妃のそっくりさんとして活躍した有名な女性の名前はクリスティナ・ハンスさん。

 

彼女は早くからそっくりさんとして、ビデオや週刊誌やテレビに出演し、ダイアナ元妃の代わりを演じてマスコミに話題を振りまき当時は大変な売れっ子だった。

しかし不思議なことに、どういうわけか彼女がダイアナ元妃のそっくりさんを演じ始めてから、ダイアナ元妃と運命もそっくりになってきたのだ。

 

例えばクリスティナさんが、ストレスで体調崩したのもダイアナ元妃といっしょであり、過食症、拒食症になったのも、なぜかいっしょだった。

こればかりか、両者とも、離婚までいっしょに経験する羽目(はめ)になっていた。

こうして、あまりに偶然の一致が重なってきたので、そのうちに彼女はそっくりさんが嫌になってきた。

 

そしてついに、1997年3月に彼女は引退した。

「私たちは似かよった運命を歩み始めました。もうそっくりさんは辞めます」

そして、その約半年後にダイアナ元妃の悲劇の事故が起きたのだ。

これを知ってクリスティナさんは、やはり引退しておいてよかったと思ったに違いない。

 

何しろ、いくらダイアナ元妃のそっくりさんでも、悲劇の事故まで同じに起きたのでは・・・・・。

このようにダイアナ元妃は、すでに悲劇の事故で亡くなっているが、しかし彼女が亡くなってからも、なぜか彼女に関する不思議な話題は尽きないようだ。

ダイアナ妃の最期の言葉

消防隊員が聞いた、ダイアナ妃の最期の言葉。
Culture 2021.06.23

交通事故に遭ったダイアナ妃を救助しようとした消防士長のグザビエ・グルムロンが、6月21日、デイリー・メールの取材に応じ、ハートの女王の最期の瞬間について語った。


グザビエ・グルムロン消防士長が、1997年8月に亡くなったダイアナ妃の最期の言葉について語った (アンゴラ、1997年1月16日)

1997年8月31日午前0時20分。. パパラッチに追われたダイアナ妃とドディ・アルファイドのメルセデスが、パリのアルマ橋トンネルの柱に衝突。
アルファイドが即死したのに対し、ダイアナ妃は重傷を負った。

ダイアナ・スペンサーの60歳の誕生日を前に、デイリー・メールは、ウィリアム王子とハリー王子の母親の最期の瞬間を目撃した人々にインタビューを行った。
その中には、消防士長のグザビエ・グルムロンや医師のフレデリック・マイエーズも含まれており、悲劇の夜を振り返った。

医師のマイエーズは、消防隊員のグルムロンより先に事故現場に到着した。
事故車の後部座席にいたダイアナ妃を発見したのは、誕生日パーティからの帰り道。
ダイアナ妃の「顔に大きな傷はなかった」という。
「出血はしていませんでしたが、意識はほとんどなく、呼吸も苦しそうでした」と医師は振り返る。

「私は、彼女の呼吸を楽にしようと試みました。しかしかなり厳しい状況だった。私は一人だったし、機材もほとんどなかった。
私が到着してから数分の間、彼女は元気そうだったが、事故は非常に激しく、このような状況では重度の内臓損傷が予想されます」。
フレデリック・マイエーズは救急外来に連絡した。彼はその時まだ、手当している人物がダイアナ妃だとは気づいていなかった。

「私は彼女をなだめようとした」
その直後、消防隊員のグザビエ・グルムロンが現場に到着した。
最初に彼が目にしたのは、王女のボディーガードであるトレバー・リース・ジョーンズで、彼もまた負傷していた。
「彼はとても興奮していて、振り返ろうとし、英語でブツブツとつぶやいていた」とデイリー・メールに語っている。
「何を言っているのかわかりませんでしたが、直ちに彼を手当てするようチームに指示しました」

さらにグザビエ・グルムロンは、ドディ・アルファイドの蘇生を試みたが、かなわなかった。
そして、フレデリック・マイエーズと一緒にいたダイアナ妃を見つけた。

グルムロンは、ダイアナ妃の最期の言葉をこう振り返る。「彼女は英語で、『Oh my God, what's happened? (おお、神さま。何が起こったの?)』と言っていました。
私はその言葉を理解したので、彼女をなだめようと、彼女の手を握りました。その後、他の隊員に彼女を引き継いだ。たった2、3分の出来事でした」。肩以外には、ダイアナの身体に大きな傷はないように見えた。

「しかし、目に見えるものだけを信じてはいけないのです」と、マイエーズ同様、グルムロンも断言する。
事態は、それどころではなかった。

ダイアナ妃の心臓は、救急医が到着した直後に一度停止する。
心臓が再び動き出すと、パリ13区にあるピティエ・サルペトリエール病院に搬送された。
亡くなったのは午前2時30分頃。その後、イギリスとフランスは、彼らが愛した王女へのオマージュを何度も繰り返し続けた。

まとめ

ダイアナ元妃の悲劇の事故についての、真相はわからないままです。

イギリスの王室やダイアナ元妃には、13という不吉な数字がつきまとっていたようです。

これは、偶然の一致というべきなのでしょうか。

今日も読んでくれてありがとうございました。

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