もりもりの神秘情報

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人は生まれ変わるのか?本当にあった生まれ変わりの話!

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もりもりです。

あなたは生まれ変わりを信じますか?

死後の世界は存在すると思いますか?

 

私たちの魂は、過去から現在、そして未来へと永劫(えいごう)に生まれ変わりを繰り返していくものだと思います。

 

死ぬことも、つぎに生まれ変わるまでの一時的な休息です。

 

そして、生まれるとき、空から(天国から)自分の親を選んで生まれてくるのかもしれません。

自分の意志でです。

 

それが本当なら、不幸だと思う家庭に生まれた人は、自分はこんな家庭を選ぶはずはない!

そんなの絶対にウソだと思うでしょうね。

 

まあ、本当のところは生きている私たちには永久にわからないのではないでしょうか。

 

・生まれ変わりとは

・人は生まれ変わるのか?

・本当にあった生まれ変わりの話

についてお話ししますね。

最後まで読んでくださいね。

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生まれ変わりとは?

人間は必ず死にます。

永遠の命などないのです。

 

健康を維持しようと、いくら努力しても、死は万人が受け入れざるを得ない宿命なのです。

 

だが、人は亡くなっても、また新しい命とになって、この世に生まれ変わってくるのならどうでしょうか?

輪廻転生です。

 

輪廻転生があるなら、死を恐れる不安から逃れることができるのではないでしょうか。

 

 

人は何度も生まれ変わり、この世で多くのことを経験して積んでいきます。

そして徳を積むことで、魂が向上していくのです。

 

つまり、極楽浄土を目指し魂は永遠に修行していくというのです。

 

人は生まれ変わるのか?

いやでも人は、必ず人生に終わりを告げ死を迎えます。

 

あなたは、死とは何なのか?
死んだらどうなるのか?

 

疑問に思いませんか!

 

人は死ぬと、肉体も精神も存在しなくなるという考え方もあります。

いわゆる無の状態になってしまうのです。

 

科学においては、霊や来世や死後の世界は認められていないので、そういった結論になってしまいます。

 

それは、目に見えなくて科学では死後の世界を証明できないからなのです。

しかし、いくら科学が発達しても、永久に死後の世界は解明できないでしょうね。

 

私は、宗教観はありませんが、魂は存在し、死後の世界は存在すると思っています。

 

たとえば、死の淵までいって生還した人。

臨死体験をした人の中には、風景や状況の違いはあるでしょうが、自分の肉体を天井など上から見ていたと経験している人が大勢います。

 

臨死体験を何度も経験しても同じよなようです。

 

ただ、生まれ変わると前世の記憶がなくなります。

 

でも不思議なことではありません。

 

何十回、何百回と生まれ変わって前世の記憶があれば、自分が何者なのかわからなくなって、パニックになるでしょうね。

 

本当にあった生まれ変わりの話

前世の記憶を語る少年

江戸時代の「中野村」(現在の八王子市東中野)に前世を語る少年が現れる。

 

百姓「源蔵(げんぞう)」の息子「小谷田勝五郎」です。

 

1822(文政5)年、8歳になったとき、勝五郎はおばあさんに摩訶不思議(まかふしぎ)なことを語って聞かせた。

 

「自分の前世の名前は藤蔵(とうぞう)で、中野村から6キロほど離れた場所にある、程久保村(ほどくぼむら)に住んでいた。

父親の名前は久兵衛、母親の名前はお志津。父親は自分が生まれた直後に亡くなった。前世の自分は5歳で死に、それから、今の母のお腹の中に入って転生したのだ」

勝五郎はこうした前世の記憶を、とうとうと話したのです。

 

以後、勝五郎は程久保村のことだけでなく、死後の世界についてもこと細かに語るようになるのです。

 

「息が絶えるときは苦しくはなかったが、その後しばらくは苦しかった。
棺おけの中に押し込まれるとき、俺は飛び出て棺おけのそばにいた。

山へ葬(ほうむ)りに行くときは、白い布で覆(おお)った甕(かめ)の上に乗って行った。

そうしていると、白髪を長く垂らして黒い服を着たおじいさんが、「こっちへこい」というので、ついていった。
どこだか知らないが、だんだん高い所へ行き、きれいな草原に出てそこで遊んだ。

そのうちに、家で親たちが話している声が聞こえ、お坊さんのお経の声も聞こえてきた。

供え物をあげてくれるのもわかった。

 

食うことはできなかったが、温かい供え物が匂って、甘く感じた。

 

それから、そのおじいさんが、俺をある家の前に連れていき

「この家の子として生まれよ」と言った。

 

それで家の中の様子をうかがって、母の中へ入っていった。

どのようにして入ったかは覚えていない」

 

そのうちに勝五郎は、「程久保村に行きたい」と、毎晩叫ぶようになったのでした。

 

あまりにもそれが続くので、おばあさんが程久保村に連れて行ってやったところ、村に入った勝五郎はどんどん先に歩いて行き、ある家の前まで来ると「ここだ」と言って駆け込んだ。

 

おばあさんが事の次第を話すと、その家には勝五郎の前世の母親であった「志津」が存命していた。

 

さらに勝五郎は、向かいのタバコ屋の屋根を指し、「前にはあの屋根はなかった。あの木もなかった」などと言ったが、まさにその通りだったというのです。

 

この「勝五郎の転生事件」だが、江戸時代の国学者・平田篤胤(ひらたあつたね)が、直接本人や家族から取材して書き残しています。

 

勝五郎の前世である藤蔵(とうぞう)は1810年(文化7)年2月4日に死亡しているので、1814(文化11)年生まれの勝五郎として転生するまでの4年の間、死後の世界で過ごしたことになります。

 

ちなみに勝五郎は、1869(明治2)年12月4日に死亡しており、この2人(魂レベルでは同一人物なので、1人というべきか)の墓は現在でも存在しています。

 

この、勝五郎のように、転生の記憶を持つ人は少なくない。

 

生まれ変わりを証明する”刻印”

生まれ変わりの予言をし、その証拠となる刻印を持って生まれてくるものもいます。

 

1945年、アラスカの原住民トリンギットの老漁師、ヴィクター・ヴィンセントは、姪に向かって、「わしは死んだらおまえの息子として生まれ変わってくる」と告げた。

 

そして姪に鼻の右側と背中にある手術痕を見せ、「今度生まれてくる子は、この2つの手術痕と同じ場所にアザを持っている。それが生まれ変わりの証拠だ」と告げ、翌1946年に亡くなった。

 

それから1年8ヵ月後、姪は男の子を出産。

だがなんとその赤子の体には2つのアザがあったのです。

それはヴィクターの告げた場所と寸分違わない位置にあった。

 

そればかりではない。

その赤子はヴィクターとして生きていた頃の記憶をそのまま語ったばかりか、6歳になるまでに、船のエンジンの操作や修理の技術を完璧に独習していたというのです。

 

他にも、インドには「前世でぼくは、首を撃たれて殺された」と話すヤシュビールという名の少年がいた。

 

ヤシュビールが生まれたのは1987年、彼の前世はドゥルガという名の青年で、1985年に激しい口論の末、銃で首を撃ち抜かれたと話す。

 

そしてヤシュビール少年は、自分が「いつ、どこで、誰に、どのようにして」殺されたを詳細に語って見せたのでした。

 

そこで調査が行われたところ、実際にドゥルガという青年が殺された事件があり、ヤシュビールが語った内容は、どれも事実と相違なかった。

 

さらに少年の首にはアザがあるのだが、殺されたドゥルガの傷跡と場所も大きさも完全に一致していたのでした。

 

遺体の首筋に口紅でつけた印

1976年9月27日、ビルマ(現ミャンマー)で生まれたマ・チョエ・ニン・テトという少女は、その1年1ヵ月前に心臓の手術の最中に死亡したマ・ライ・ライ・ワイの生まれ変わりだといわれています。

 

というのも、生まれてきたマ・チョエ・ニン・テトの首筋に奇妙な形のアザがあった。

 

これはなんと、マ・ライ・ライ・ワイの埋葬を手伝った同級生たちが、もし彼女が生まれ変わってもわかるようにと、「遺体の首筋に口紅でつけた印」と、まったく同じ形をしていたそうです。

 

さらに、マ・チョエ・ニン・テトの胸部から腹部にかけては垂直に細長いアザが走っていた。

 

これもマ・ライ・ライ・ワイの心臓手術の跡とそっくり同じだったというのです。

 

ちなみに、マ・チョエ・ニン・テトを出産したのは、マ・ライ・ライ・ワイの姉なのでした。

 

マ・チョエ・ニン・テトは、そんな自分の母親を姉さん、祖母にあたる女性を母さんと呼ぼうともした。

 

もちろん、誰からもマ・ライ・ライ・ワイのことを聞かされていなかったにもかかわらずです。

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最後に

もし生まれ変わりがあるのならば、この世で苦労したことも決して無駄ではないでしょうね。

次に生まれ変わったときに、きっと活かされるんだろうと思います。

ただ、自分ではわからないだけで・・・

今日も読んでくれてありがとうございました。